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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)25号 判決 1992年12月24日

岐阜県美濃加茂市本郷町九丁目一八番三七号

原告

中濃窯業株式会社

右代表者代表取締役

山田美信

右訴訟代理人弁護士

梨本克也

右訴訟代理人弁理士

名嶋明郎

綿貫達雄

山本文夫

名古屋市中村区那古野一丁目三九番一二号

被告

ニイミ産業株式会社

右代表者代表取締役

新美治男

右訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

右訴訟代理人弁理士

園部祐夫

安原正義

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が平成一年審判第九四八五号事件について平成二年一一月一日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法」とする特許第一二一五五〇三号(昭和四六年六月八日特許出願、昭和五八年四月一九日特許出願公告、昭和五九年六月二七日特許設定登録。以下この特許を「本件特許」といい、この特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、原告は、平成元年五月一九日本件特許について無効審判を請求し、平成一年審判第九四八五号事件として審理された結果、平成二年一一月一日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成三年一月一九日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

LPガスを燃焼させるバーナーと該バーナーにおいて発生するガス焔を窯内に吹き込むバーナー口とを設けた単独型ガス燃焼窯の、バーナー口を適時に密封できるようにすると共に、該燃焼窯の煙突口の排気量を適時に最小限に絞り又は全く閉鎖する絞り弁を設け、さらに前記LPガスを未燃焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け、前記単独型ガス燃焼窯の窯内に瓦素地を装てんし、バーナー口及び煙突口を開放してバーナーからLPガス焔を窯内に吹き込み、その酸化焔熱により瓦素地を焼成し、続いてバーナー口及び煙突口を閉じて外気の窯内進入を遮断し、前記のバーナー口以外の供給ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、一〇〇〇度C~九〇〇度C付近の窯温度と焼成瓦素地の触媒的作用により前記の未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転位した黒鉛を瓦素地表面に沈着することを特徴とする単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  原告(審判請求人)は、本件発明は、次の引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、その特許は、特許法二九条二項の規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきである、と主張する。

(一) 昭和四五年二月二五日付朝日新聞(三河版西)(以下「引用例一」という。)

(二) 同年一二月五日付中部経済新聞(以下「引用例二」という。)

(三) 同日付毎日新聞(西三河版)(以下「引用例三」という。)

(四) 同月六日付朝日新聞(三河版西)(以下「引用例四」という。)

(五) 昭和四六年一月一二日付中日新聞(以下「引用例五」という。)

(六) 寺田清著「現場技術者の為の倒焔式加熱窯の理論と実際」(日本印刷出版株式会社、昭和三一年五月五日発行)一四一頁ないし一四九頁(以下「引用例六」という。)

(七) 特許第二五二七三号明細書及び図面(以下「引用例七」という。)

(八) 窯業協会誌六〇集六七二号(昭和二七年六月一日発行)一五、一七、一九、二一頁(以下「引用例八」という。)

(九) 昭和四五年二月四日付中部経済新聞(地方版)(以下「引用例九」という。)

(一〇) 同月一五日付中部経済新聞(地方版)(以下「引用例一〇」という。)

(一一) 田中稔著「粘土瓦ハンドブック」(技報堂出版株式会社、昭和五五年一一月二五日発行)三五七頁、三六〇頁(以下「引用例一一」という。)

3  引用例一ないし五には、ガス窯による燻し瓦の製造において、瓦素地をプロパンガス(以下「LPガス」という。)で空気量を少なくし、むすように焼くと黒色を呈する旨記載されており、またそれら引用例の記載内容からみて、そこでの窯としては単独型のものが用いられ、LPガス燃焼用としてはバーナーが用いられていることは明らかである。

そこで、本件発明をこの技術と対比、検討すると、両者はともに単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法に関するもので、瓦素地の焼成及び燻化用にLPガスを用い、またLPガス燃焼用にバーナーを用いる点でも一致している。そして、これらのほか、本件発明で設定している、ガス燃焼窯に「バーナーにおいて発生するガス焔を窯内に吹込むバーナー口を設ける」こと、「該燃焼窯の煙突口の排気量を適時に最小限に絞り又は全く閉鎖する絞り弁を設ける」こと、「窯内に瓦素地を装てんし、バーナー口及び煙突口を開放してバーナーからLPガス焔を窯内に吹込み、その酸化焔熱により瓦素地を焼成する」こと、続いて「煙突口を閉じて外気の窯内進入を遮断する」こと等の事項については、上記技術においてもその実施に際し当然に採用されるものと認められる。

本件発明においては、以上の構成のほか、「LPガスを未燃焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け」、これに伴い、焼成に続いてバーナー口をも閉じて「前記のバーナー口以外の供給ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させる」等の構成をも備えているのに対し、前記各引用例にはこの点に関する記載はないので、両者はこの点で相違している。

そこで、この相違点について検討する。引用例一ないし五には、本件発明における前記の構成に対応する事項として、前掲のとおり燻化の際にLPガスで空気量を少なくし、むすように焼くと黒色を呈する旨が記載されている。これによれば、燻化に際し、そのように、空気量を少なくしてむすように焼くというのであるから、(その量的割合は別として)空気を供給するもので、そのように「むすように焼く」に際してこれが作用することは明らかであり、またその記載からして、燻化用LPガスの供給にはバーナー中の導管を用いたものとみるのが自然である。

ところで、前記構成等からして、本件発明ではその燻化に際し、空気を供給するのではなく、またLPガス供給ノズルをバーナー口とは別個に設け、これらによって窯内にLPガスを未燃焼状態で供給、充満させるもので、これによって空気の作用を排除し、他の構成ともあいまって「LPガスの有効な使い分けにより、燻し瓦の一貫的製造を施すことができる」など、明細書記載の利点を得ているものと認められるところ、これらが、前述のとおり、焼成用バーナー口とは別個に燻化用LPガス供給ノズルを設けるのではなく、空気の作用を排除しているのでもない(量的にはそれを少なくしているにしても)引用例一ないし五記載の技術により示唆されるものではない。

以上のほか、引用例六には、松薪等による燻化にあたり、窯を気密に密閉することなどが、引用例七には、密閉した窯内にコールタールを流し込み燻化を行うことなどが、引用例八、引用例一一には、窯内で松材等が乾溜されて生成した炭化水素の燻化剤をしての作用機構、乾溜の定義等が、それぞれ記載されているが、これらはいずれも燻化にLPガスを用いるものではなく、また、それらの記載を引用例一ないし五に記載の技術と合わせてみても、本件発明の要旨、就中、本件発明の引用例一ないし五記載の技術に対する前記相違点に関して示唆するものではない。

また、引用例九には、黒瓦工場から出る煤煙に対する検討が始められたことなどが、引用例一〇には、石炭窯を用いていた従来の黒瓦の製造では煤煙が発生していたところ、LPガスの利用によりそれが防止できることなどが、紹介されているに過ぎず、これらの事実が本件発明の要旨に関して説明するものではない。

そして、以上のほか、引用例一ないし一一の記載に本件発明を示唆する事実はないから、本件発明は、これら引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

4  以上のとおりであるから、原告が主張する理由及び提出した引用例によっては、本件特許を無効とすることができない。

四  審決を取り消すべき事由

各引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本件発明と引用例一ないし五記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、引用例記載のものの技術内容を誤認し、また、本件発明の技術的意義を誤認した結果、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1

審決は、引用例「ないし五に表示された、燻化の際にLPガスで空気量を少なくしてむすように焼くと黒色を呈する旨の記載のうち「空気量を少なくし、むすように焼く」という部分から、(その量的割合は別として)空気を供給するもので、そのように「むすように焼く」に際して空気が作用することは明らかである、と認定している。

しかしながら、引用例一ないし五の、空気量を少なくしてむすように焼く旨の記載により右各引用例記載の技術が燻化の際に空気を供給して空気とLPガスとを作用させていると認定するのは、誤りである。

なぜならば、右各引用例には、煙が出ないということが強調されており、「煙が出ない」ということは、空気の供給が断たれていること(空気の侵入が遮断されていること)を示すものと解するのが正当だからである。

また、このことは、次のことからも、いいうることである。すなわち、燻し瓦の燻化工程は、炭化水素に富む気体を約九〇〇度Cないし一〇〇〇度Cに加熱した焼成瓦素地に接触させる、接触分解(もっとも、寺田博士は、「気相(熱)分解」と理解する。)により、焼成瓦素地表面に炭素膜を形成させるものであって、LPガスの生ガスを送給して炭化水素を熱分解させ、熱分解により単離した炭素により、瓦素地表面に炭素膜を形成させるものである。したがって、もし窯内に酸素が存在すれば炭化水素が燃焼してしまい、燻化を行うことはできなくなるから、燻化工程においては、窯内に酸素が存在することは許されず、空気の窯内侵入は完全に防止されることが必要であり、審決が言うように空気が作用しては、燻化は行いえないのである。

2  取消事由2

審決は、本件発明では燻化に際し、空気を供給するのではなく、またLPガス供給ノズルをバーナー口と別個に設け、窯内にLPガスを未燃焼状態で充満させ、空気の作用を排除し、他の構成ともあいまって明細書記載の利点を得ていると認め、右の構成が、焼成用バーナー口とは別個に燻化用LPガス供給ノズルを設けるのではなく空気の作用を排除しているのでもない引用例一ないし五記載の技術により、示唆されるものではない、と認定判断している。

しかしながら、LPガス供給ノズルをバーナー口以外に設けることは、引用例一ないし五記載のものと引用例七、引用例八及び引用例一一記載のものとから当業者が容易に発明することができたものであり、この審決の判断は誤っている。

すなわち、引用例一ないし五には、LPガスを利用して黒瓦を製造することを研究してきた野口健男が本格的に燻し瓦を作ることにしたとの記事が記載されており、野口が公開した窯は内容積四立方米で一度に約九五〇枚もの瓦を焼ける商業ベースの実用窯であり、現に完成品は商品として出荷されているのであるから、高品質の燻し瓦が製造されえたことが推測される。そして、引用例七には、「瓦焼成用燃料の焚き口以外にコールタール流し込み口を設け、空気口を密封した状態で窯内にコールタールを流し込んで瓦を燻化させる、燻し瓦の製造方法」が開示されている。したがって、引用例一ないし五記載の公知技術と引用例七等の記載により当業者が容易に発明することができたというべきである。

このことは、東京高等裁判所昭和五五年(行ケ)第二七三号審決取消請求事件において、被告とされた特許庁が瓦の焼成と燻化に用いるLPガスを別々の供給口から焼成窯に送給することは燃焼の有無という相違からむしろ当然に考えつく程度のことにすぎない、と主張していることによっても裏付けられる。

第三  請求の原因の認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

1  取消事由1について

原告は、審決が、引用例一ないし五の空気の量を少なくしてむすように焼く旨の記載により右各引用例記載の技術が燻化の際に空気を供給して空気とLPガスとを作用させていると認定したのは誤りである、と主張する。

しかしながら、引用例一ないし五の右の記載によれば、その量的割合はともかく、空気を供給すること、そのように「むすように焼く」に際して空気が作用することは、明らかであり、審決の認定は正当であり、原告の主張は失当である。

2  取消事由2について

原告は、LPガス供給ノズルをバーナー口以外に設けることは、引用例一ないし五記載のものと引用例七、引用例八及び引用例一一記載のものとから当業者が容易に発明することができたものであるから、審決が本件発明が燻化に際して空気を供給せず、LPガス供給ノズルをバーナー口と別個に設け、窯内にLPガスを未燃焼状態で充満させ、空気の作用を排除するとの本件発明の構成が引用例一ないし五記載の技術により示唆されるものではないとした判断は誤っている、と主張する。

しかしながら、引用例一ないし五記載の技術は、焼成用バーナー口とは別個に燻化用LPガス供給ノズルを設けておらず、空気の作用を排除してもいないから、引用例一ないし五には前記のような本件発明の構成は記載されておらず、引用例七、引用例八及び引用例一一記載のものは、いずれも燻化にLPガスを用いるものではなく、これらの引用例により本件発明が示唆されることはないというべきであり、審決の認定判断は正当で、原告の主張は失当である。

第四  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本件発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  甲第二号証、第三号証の一によれば、昭和五八年一二月七日付手続補正書(以下「本件手続補正書」という。)による補正後の本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(一)  本件発明は、「LPガスを加熱燃料として使用する単独型ガス燃焼窯によって瓦の締焼と燻し着色とを、供給ガスの燃焼と非燃焼とにより一貫的に施す燻し瓦の製造方法に関する」(昭和五八年特許出願公告第一九六二三号公報(以下「本件公報」という。)一欄三三行ないし三六行及び本件手続補正書二枚目一〇行ないし一六行)。

「燻し瓦は、従来だるま窯によって瓦素地を焼成したのち、松葉或は松薪材等の燻し材料を供給してから焚口に耐火栓を施し、これを粘土で塗りかためて、焼成された焼成瓦生地表面に黒鉛、炭素を沈着して着色する製造法が一般的に行なわれている。然るに前記の従来法は(中略)就〔「熟」の誤記〕練技術者が焼締め及び燻蒸着色の操作を施しても一級品の製造得率が不良であるばかりでなく、製造操作が極くわずらわしい。その上、近時は、松葉、松薪材等の固形燻し材料が不足し、従って価格も上昇しているので、燃し着色のコストが高くなっている。その他、製瓦窯の瓦台上に納めた瓦素地を焚口のロストル上で燃焼する固形燃料の火熱により加熱して締焼を施し、そのあとで焚口に固形可燃物を突込んで空気口を閉じ、ついでその可燃物から発生したガスが窯内に充満した頃を見計って煙突を閉じ、その後に前記の窯に設けた流し込み道からコールタールを窯底に流し込んで締焼瓦に燻色をつける瓦の焼成方法が知られているが、この公知方法では、瓦生地の締焼までは固形燃料を使用し、瓦の燻色付けのみにコールタールを使用するものであるから、瓦焼きの操作が複雑になって、その実施は必ずしも容易でない。その他、陶磁器芯の表面に炭素被膜を付着した抵抗材料を作成するため、陶磁器芯を炭素付着温度に予熱し、その予熱陶磁器芯を、炭素を多く含む被覆ガスを供給する付着室に移送して炭素被膜を生じさせる方法は公知である」(本件公報一欄三七行ないし二欄二四行、本件手続補正書三枚目一行ないし五行)が、陶磁器芯を移送することを要する。本件発明は、これらの欠点のない、かつ、「瓦生地の焼成と燻しとを、瓦生地の移動を行わせることなく一貫的に施す」(本件手続補正書三枚目六行ないし七行)ことを技術的課題(目的)とするものである。

(二)  本件発明は、前記技術的課題を解決するために本件発明の要旨記載の構成(本件手続補正書四枚目六行ないし五枚目六行)を採用した。

(三)  本件発明は、前記構成により、前記(一)記載の欠点のない、かつ、「作業性は著しく簡易となって、燻し色の着色のため従来公知な松葉などの燻焼、若しくはコールタールの流し込み燻焼などのわずらろしい〔「わずらわしい」の誤記〕操作が全く不用となる。また、(中略)燻し着色効果を均一にできるものであって、焼締め温度の均一性と相俟って一等品の得率を優良にできるのみでなく、未燃焼ガスの着色効率を、固形燻し材料を乾溜して使用する場合に比して極く高率化し、焼締め燃料コスト及び燻し着色燃料コストを共に低下し得る。なお、(中略)窯内で炭化水素の熱分解が進んで単離される炭素並にその炭素から転位した黒鉛の表面沈着によって生じた燻し瓦の着色は、在来の既述した燻し色の着色に比して少しも遜色がなく、ガス燃料の使用にも浪費を伴うおそれが全くなく、燃料効果、着色効果への使い分けによる燻し瓦の製造を著しく省力化できる」(本件公報四欄一二行ないし三四行)という作用効果を奏するものである。

2  各引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本件発明と引用例一ないし五記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

3  取消事由1について

審決は、相違点の判断の前提として、引用例一ないし五には、燻化の際にLPガスで空気量を少なくし、むすように焼くと黒色を呈する旨の記載があるから、燻化に際し、その量的割合は別として空気を供給するもので、そのように「むすように焼く」に際して空気が作用することは明らかであると認定判断しているが、原告は、この点について、引用例一ないし五には、「煙が出ない」ということが強調されており、右引用例の「煙が出ない」ということの趣旨は、空気の供給が断たれていると解するのが正当であること、炭化水素を熱分解させて瓦素地表面に炭素膜を形成させる燻化工程において窯内に酸素が存在すれば炭化水素が燃焼してしまい、燻化を行うことはできなくなるから、空気の窯内侵入は完全に防止されることが必要であること、を理由に、各引用例の空気の量を少なくしてむすように焼く旨の記載により右各引用例記載の技術が燻化の際に空気を供給して空気とLPガスとを作用させていると認定するのは、誤りである、と主張するので、この点について検討する。

甲第六ないし第一〇号証によれば、引用例一ないし五には、いずれも野口健男が黒瓦製造の際に発生する煙の公害をなくすためLPガスで瓦を焼く方法を開発したことを報道する記事が記載されていること、これらの記事のうち、引用例三には「重油や石炭だと松葉やおがくずで最後にいぶすが、LPガスは空気の量を少なくし、生のガスでむすようにするので、最後まで煙は出ない仕組み」との記載があり、引用例五には「これまで、黒カワラ製造業者が使っているかまは“だるまがま”といって、重油や石炭、木炭を燃料にしていた。このかまは黒い煙が大気中に高く広がって空気のよごれがひどく」との記載があるが、引用例一、引用例二、引用例四にもほぼ同趣旨の記載があることが、認められる。この認定事実によれば、これら引用例記載の記事が野口の開発した瓦の製造方法では煙が出ないとしている理由は、瓦製造の際に用いる燃料として、燃やすと煙の出る重油、石炭、木炭等を使用せず、LPガスを燃料として使用すること自体によりもたらされるという趣旨であることが明らかであり、これらの記事から空気が存在しないということまで示唆されているとはとうてい考えられない。

かえって、引用例一ないし五に、空気量を少なくし、むすように焼くと黒色を呈する旨記載されていることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、この記載の文言によれば、右各引用例には、空気を少量にすることは記載されているものの、空気を完全に断つことは記載されていないことが明らかである。

そして、十分な空気が存在する場合に炭化水素であるLPガスが燃焼し尽くすおそれがあることは抽象的には否定できないが、加熱量を維持して瓦を焼成するとの観点からは、一般的には特定量の空気を存在させ炭化水素の一部を燃焼させ続ける方が望ましいこと、空気量が少なければ、一部の炭化水素が燃焼に至るものの、大部分の炭化水素は燃焼せずに熱分解して瓦生地表面に炭素膜を形成するであろうことは、技術上自明であるから、結局は供給される空気の量に係り、空気量が適当なものでありさえすれば、十分燻化の目的を達しうることが明らかである。したがって、燻化する窯内に空気を侵入させることは完全に防止されることが必要であるということはできない。

そうすると、取消事由1に関する審決の判断は正当であって、原告の主張は失当というほかはない。

4  取消事由2について

原告は、審決が、本件発明の構成は引用例一ないし五記載の技術により示唆されないと判断した点について、引用例一ないし五に、野口健男がLPガスを利用して本格的に燻し瓦を作ることにしたとの記事が記載されており、野口が公開した窯は商業ベースの実用窯で高品質の燻し瓦が製造されえたことが推測されること、引用例七に、瓦焼成用燃料の焚き口以外にコールタール流し込み口を設け、空気口を密封した状態で窯内にコールタールを流し込んで瓦を燻化させる、燻し瓦の製造方法が開示されていることを理由に、LPガス供給ノズルをバーナー口以外に設けることは、引用例一ないし五記載のものと引用例七、引用例八及び引用例一一記載のものとから当業者が容易に発明することができたものであり、審決の判断は誤っている、と主張する。

そこで、この主張について検討するに、野口が公開した窯が商業ベースの実用窯であるか否かはしばらく措き、一般に既存の物の製造方法に改良を加えて新たな発明をした場合において既存の製造方法が既に実用化されていたとしても、そのことだけから直ちに新たな発明をすることが容易であるといえないことは当然である。

前記1の認定事実によれば、本件発明においては、瓦素地を焼成したのち続いて外気の窯内進入を遮断し、バーナー口と別個にLPガス供給ノズルを設けて、そのノズルから未燃焼のLPガスを窯内に供給して送って充満させ、空気の作用を排除して窯温度と焼成瓦素地の触媒的作用により未燃焼LPガスを熱分解するという構成を採用したことが、明らかにされており、焼成用バーナー口と別個のLPガス供給ノズルを持たず、前記3のとおり量的に空気量を少なくしてはいても空気の作用を完全に排除しているのでもない引用例一ないし五記載のものと本件発明とは、構成において顕著な差異があり、これらの引用例の記載から本件発明の構成を予測することは困難であるといって差し支えない。

そして、甲第一七号証によれば、引用例七記載の発明は、瓦製造窯に大いなる改良を加え、特にコールタール燻色に適用するようにしたもので、別紙図面第一圖ないし第十圖に明示するとおり窯を長方形に作り窯の内部に両側の分気格子(一)、中央の調節焔道(二)と両側から中央に向かって並列する数本の焔道管(三)とコールタール流込み道(四)とガス排出口(五)とから構成した藤崎式コールタール燻色適用製瓦窯であるが、窯の内容は火焔を直接に受ける部処に障壁を設け障壁の上方に分気格子をおき窯底の中央焔道に数個の坑を有する調節焔道を設け分気格子の内面直下より中央焔道に向かって数本の焔道管を備えまた燻色用コールタールを窯底に送入するため窯の外面から内面に連絡する数個のコールタール流込み道を設けてこれを窯底の渠に通すべくし、かつコールタール燻着の時間適宜に窯内のガスを排出するため窯の上方左右にガス排出口を設けた構造からなること、を認定することができる。この認定によれば、引用例七記載の発明においては、コールタールは、燻化剤であって、燃焼剤ではないことが明らかにされているから、このコールタールの供給口を焚き口とは別の場所に設けることは、技術上当然のことというべきである。これに対して、引用例一ないし五記載の技術においては、LPガスは燻化剤であるとともに燃焼剤であることが明らかであり、当業者にとって燃焼用バーナーと別に燻化用LPガスの供給口を特に設ける必要はないから、通常であれば両者を共用するのが自然であると認められる。したがって、引用例一ないし五と引用例七とは全く技術的思想を異にするから、引用例一ないし五に引用例七を適用して本件発明に想到することは、当業者にとって困難であるといわなければならない。

さらに、甲第二〇号証、第二一号証によれば、引用例八には、くすべ瓦焼成法の概略として、良質のくすべ瓦焼成には被熱物をあらかじめ加熱した後松又は松葉等の松伯類を急速に投入し、窯上部の一部の小孔を残す以外は窯全体を気密に保ち、最後に投入した松等の乾溜溜出蒸気をあらかじめ高温に加熱された被熱物の表面に導く方法が記載されており、引用例一一には、だるま窯、半倒焔窯の焼成法として、燻化に必要な炭化水素ガスを作り出すのにコクボと名付けらる内容積の大きい燃焼室に、松材、松葉、石炭、重油などの燃焼物を一度に投じて空気を断ち乾溜する方法が記載されていることが認められる。しかしながら、これらの方法はいずれも燻化にLPガスを用いるものでなく、引用例一ないし五記載のものよりも技術的にみて本件発明から更に遠いことは明白であり、したがって、引用例八、引用例一一記載の技術を引用例一ないし五記載の技術に組み合わせても本件発明を導き得るものではない。

そうしてみると、取消事由2に係る審決の判断は正当であり、この点に関する原告の主張は失当である。

三  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 判官 佐藤修市)

別紙図面

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